三津シーパラダイスを守るポケモン

1807伊豆箱根の旅

旅で訪れたところにおいてきたポケモン。

さすがに水族館は子と遊ばなければならないところ、普段は必死にポケモンGOをやっている親(大人)もここではポケモンをする余裕もないようで、まもなく防衛時間が二日に到達しそうな勢い。

誰にも気づかれないけれども、訪れたところに足跡を残してきた感じで少しうれしい。

 

後日談

結果防衛時間は2日と14時間でした。満足!






新津、埋蔵文化財センター

その他

今日はここで「土器づくり体験」です。

こんなところがあるのを初めて知りました。これから始まる社会の、歴史の勉強にも興味を持ってもらえると良いなと。

学校からの配布物など含めて、面白そうなイベントをちゃんと見つけて申し込んで、というのを当たり前のようにやってくれる相棒に感謝。


縄文について学ぶ

その他

まずは縄文について学びます。

こちらは実際に出土した土器のかけら。縄文・弥生・須恵器を見比べて選びます。とても興味深い話なのですが、まだ歴史を何も知らない小学4年5年がたくさんいることを踏まえた導入が欲しかった・・・いきなりこれを見せられても良くわからんよねぇ。2000年~3000年前のものなんだよ、これは!!、それを実際に触ることができるんだよ!!というだけでも違うのだと思いますが。

もちろん大人は興奮気味です(^^;。


こちらは縄文人の恰好。思ったよりちゃんと「人」の恰好をしていることに驚き・・・というところも親の方が興奮気味(^^;。

子供はこれを見せられても、その前段階の知識がないので驚きも感動もありゃしないのです。そこが残念。3000年も前の人がこんな格好をしていたんだよ、という説明だけでは、今のインターネット世代の子供たちには響かないですよね。


こちらが(大人なら)目にしたことがある火炎土器・・・の火炎の部分が壊れてしまっているもの(^^;。

教科書で見るような有名なやつは、現在、東京の国立博物館に展示されていて、そのあとは海外をめぐるんだそうな。でもやはり、火炎土器=新潟のもの、というあたりは新潟県民の数少ない自慢できるものの一つですな。




あじの干物(by 伊豆長岡 まるき干物店)

1807伊豆箱根の旅, 食べ物

これです。今回の旅行の2泊目、小松家さんの朝食で食べたアジの干物。

わし、もともとあまり魚が好きではないのですが、干物はまずまず食べられました。中でも、大学受験の時に東京の親戚の家にお世話になったのですが、その時に食べさせてもらった「ほっけの干物」がめちゃくちゃおいしくてですね、それが記憶に強く残っていて人生最高の干物と思っていたのです。

小松家さんで朝食にこれが出てきたときは、「小さいな」と。東京で食べたホッケは30cm位もありそうな大物だったので、ちょっと疑って食べてみたのですが、食べてみるとこのアジのうまいのなんの。青魚は本当に苦手なわしですがこんなにうまいアジがあるとは思いませんでした。20cm弱のサイズですがこれだけでご飯一杯食べ切ることができてしまいます。臭みなんて一切なくて、ジューシーでうまみがあって最高。

小松家さんのお土産コーナーで「まるき干物店」のアジの干物を購入できるのですが、そのためだけにもう一度伊豆長岡に行きたいと思えるくらい。

しつこいですが、小松家さんでも購入できる伊豆長岡「まるき干物店」のアジの干物(できることなら特上・とろアジの干物)はぜひ一度食べてみることをお勧めします。(※もちろんこちらの干物はインターネットなどでは購入できませんので、直接現地に赴いてくださいね!!)



写真比較(Zenfone4 / P10 Plus / Xperia XZ Premium)

モバイルとIT

こちらは「ASUS Zenfone4」。2017年のモデル、ミドルクラスだけれども、CPUは「Snapdragon 660」とミドルハイのものを搭載し、メモリは6GBとかなりの余裕があるモデル。

カメラには期待していないものの、念のため撮影して画質をチェックしてみる。


こちらが安定の「Huawei P10 Plus」。まぁ美しい。P20が発売された今でも十分お気に入りの映りで、一眼を持ち歩くことがめっきりなくなった。


最後にXperia。

カメラと言えばXperia・・・的な評価も今は昔。頑張れ、SONYよ。


新潟駅で娘待ち

その他

この暑い中、重い荷物を担いでやってきます。それだけでご苦労様、です。

 

偉いもんだ。偉いんですけど、それを「偉いね、頑張っているね」と親が言ってしまうとそれは「頑張ること」になってしまうので言えないのです。もちろん、何が何でも言わないというものではありません。時機に応じて、ここぞというときに伝えます。でもやはり、「人間は習慣の生き物だ」という言葉があるように、「当たり前=習慣」のレベルが高い人間と低い人間では価値観が全く変わってくるのです。

そういう意味では、親2人の習慣レベルは高いとは言えず、だから大人になってから苦労しているとも言えます。習慣レベルが高い人にとっては「当たり前」のことが、我々にとっては「しんどい」「大変」なことになってしまう。そんな思いを娘にはさせたくない。だから、娘に対して適切に負荷をかけて「当たり前のレベル」を上げていくのは責務なのだと思うのです。

何度も「偉いね」「頑張っているね」という声をかけたくなるのですが、必要な時までその声を飲み込んで、しっかりと娘を見ながら必要な時にその言葉を投げかける、親の言葉は子供にとっては重いはず・・・だからこそ、丁寧に言葉を選んでしっかりと娘には伝えていきたいなと思っております。