日: 2013年5月8日

子の話を聞く

この手の話(←リンクをクリック)は枚挙に暇がありません。

◆うちの娘、たどたどしいながら自分のことを矢つぎばやに話します。相手の話をさえぎってでも話をします。話しているうちに脈絡のない話になりそうになっても、自分なりに考えて(いるように見えます)結論にたどり着かせようとしているようです。

◆これは大切なことだと思うのですね。ですから、「子の話を聞く」ように努めています

◆もちろん100%ではありません。こちらが話をしなければならないときがあります。嫁と話をしなければならないときがあります。急いでいるとき・・・などなどいろいろあります。けれども、聞くべきときは聞きます。聞くべきときとは・・・

  • 娘の大好きな嫁が忙しくて娘の相手をしてあげられないとき
  • 娘が自分以外の人間に叱られたとき
  • 具合が悪いとき
  • 落ち込んでいるとき

・・・などなど・・・要は大人であっても話を聞いてもらいたい時ってあるじゃないですか。今、娘がそういう時なのだろうな、と判断したときは聞くようにします。

◆親の前では恥ずかしがってか、言いづらそうにして言うのをやめたり、言い出せないまま終わりになってしまったり・・・ということもあります。そういう時は、極力急かさず」話し出すのを促しつつ話し始めるのを待ちます。とにかく待ちます。娘の場合、言うように圧力をかけると駄目だ、と判断しています。今のところ。

◆もちろん、ここに書いたことは「親の前では」という話なので、他の人たちの前ではどのような娘になっているのかわからないうえで書いております。本当であれば娘に関わってくれている様々な人にどんな娘なのか聞きながら判断したいところですがそんなこと出来っこありませんからね。

◆ワシはとてもせっかちなので、ついぞ人の話を急かしてしまうことが、結論を待てないときがあります(仕事のときに)。それではいけませんよね。実際、相手の話に興味があれば=相手に興味があればそういうことはしないはずですよね。相手のことを知りたいと思えば、自然と最後まで話を聞くようになると思うのです。それこそ、自分のことをほったらかしにしても、です。

◆もちろん娘のことは親として知っておける範囲のことは知っておきたいですから、娘の話を聞くようになりますし、それでも自分のせっかちさが出そうになるときはそれをぐっと抑えて娘の話を聞くように努めなければならないと思っています。娘が成長していく中で親には言えない事も少なからず出てくると思うのです。けれども、親子ですから、叱られるとしても言うべきことは言う、という関係を作らなければならないと思っています。それすら言えなくなってしまうのが一番悪い状態だと思うので・・・。

◆ということで最終的には思春期に突入しても、大人になっても、言いづらいことでも・・・いろんな状況になっても少しでも多くのことを打ち明けられる親子の関係を作り上げたいなと思っているわけでございます。

親の役目

◆タイトルが盛大な感じになってしまいましたが・・・ちょっと考えて見ます。

◆親ですから、疲れた、面倒だ、とか思う瞬間はありながらも子のためになることをしよう、子が喜ぶことをしようと思うのは当然です。大切なのはその力加減。それが親にとっては良いと思ってみても子にとっては良いこととは限らない事だってあります。それは子が成長していく過程で、後になってからしかわからないことでもあると思います。

◆大切なのは後悔しないために、「できる限りその瞬間その瞬間、自分が子に対してやろうとしていること、言おうとしていることが是なのか否なのかを判断するようにすること」が必要なのではないかと思うのですね。親子ですから、毎日顔を合わせていますから、万事、理性的に判断して・・・というのは不可能です。感情的になることのほうが多いくらいです。でも、そのようになりそうな自分に問いかけて、「本当にそれでいいのか?」「そうすることで・そう言うことで、子はどのように捉えるのか・子はどのように考えるのか・・・子にどのような影響を与えるのか」を一瞬でもいいから判断してから行動に移すことができれば、後悔する割合も減るんじゃないかなと。

→続く

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