あえて言葉だけで・・・

◆さて、東京で迷子に?なりかけてから1日あけて、貴重な体安めの日曜日。しかし、ついつい相棒と娘を誘って外に出てしまいました・・・今週もまた亀田のジャスコへ・・・。

◆心の一番真ん中には、そんなしょっちゅう家を出て遊んでばかりいるのではなくて、もっとみんなで家のことをやって・・・掃除をしたり、庭仕事をしたり・・・そんな休みがもっとあるべきだとは思うんですね。けれども、一方では娘にいろんな経験をさせたい、そんな思いもあり、後はやっぱり自分たちも楽しい思いをしたい・・・そんなことでついついお出かけモードになってしまうわしがいます。

◆それでも、最近はどんどん言葉を覚え、親がやったことをどんどん真似するようになっている娘がいるわけです。そんなのを見ているとなおさら。外に出て、楽しんでいるだけでなく、家族のために家のためにいろいろと頑張っている親であるようなそんな場面も必要なのだろうなと、そんな気持ちが強くなってきています。でもなかなか行動に移せない。

◆まぁそんな風に弱いお父ちゃんであり、娘には「嫌だぁ」なんて言われるお父ちゃんでもありますが、それでもいざとなると近寄ってきて頼ってくれたりもします・・・もちろんお母ちゃんに対するそれと比べるべくもありませんが・・・ので、そんな娘をしっかりと見ていかなければなりません。

◆今のところ、「」として考えていること。
 ・ダメな理由を並べて娘をコントロールするようにはなりたくない。ポジティブに、駄目なことがあってもどうすれば解決して先に進んでいくことができるか、を考えられる人間になってほしい。だめになることを怖がって先に進まない、逃げる、言い訳をするような人間になってほしくない。そうならないように周りの大人が接しなければならない。

 ・気持ちを引くために、気持ちをそらすために、無理やりテンションを上げてその場をごまかすようなことをしてはいけない・・・少なくともこの子については。なにかあるたびにテンションが上がって、感情で判断したり感情に左右されるようではダメ。そんな時こそ落ち着いて冷静に進むべき道を見つけようとする姿勢が必要。頭ごなしに「こうしなさい」「こうしてはダメ」では、自分で判断する力をやしなうことができない。

 ・絶対ダメな線を超えないように線引きは必要である。「納得感」など必要なく、ダメなものはダメというときはある。けれども、その線が接する大人ごとにバラバラではいけない。だから、周りの大人が何と言っても、最終的に親であるわしと相棒の基準が一致していることが大切。迷うことがあっても娘は安心してその基準で前に進んでいけるようにしてあげなければいけない。最終的には自分で判断して行動し、その結果については責任を負うようになっていかなければならないのだから。

 ・人間はおおよそ不安定な状態を好まない。それに反して、不安定な状態であることの方が日常である。だからこそ、不安定な状態であっても投げ出さずに前を向いていられることが大切。人と人とのかかわり、自らの課題、それらがすべて瞬時に解決することは稀である。だから解決するまでに苦しい時間を過ごすことができる忍耐力が必要。

 ・(少し細かいことだけれども)親の一方が諭しているとき、一方は聞き手にまわるか中立的な立場にいなければならない。大人が2人・3人で子供に対して一方的に話しても、感情的な壁が出来上がるだけで、理解や納得にはたどり着かない。もちろん、感情的にどうにもならない場面はあってよい。けれども、大人が子供1人を相手にやりこめるような場面があってはいけない。口を出したくなるのをぐっとこらえて、状況を見守る。そんな大人がいなければならない。

 

・・・なんてまぁ、偉そうにそんな風に思っています。わし自信がしっかりしていない、ぶれる人間ですから、こうやって言葉にして、時間があれば確認して振り返ることができるようにする必要があります。それから娘が成長するに従ってこの方針を編集する必要もあります。そんなときのためにひな型は絶対に必要ですから、あえて今、文字にしてみました。

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