不登校とは難しい


※画像はYahooニュースより、リンク先は該当記事

タイトルにやや違和感があったので読んでみました。この手の記事、閲覧数(ビュー)を稼ぐためにタイトルを目立つ形にして、場合によってはミスリードさせるようなタイトルにして冷静に中身を読んでみると「タイトルがおかしい」というようなことがあります。釣られるのもシャクですが内容が内容なので見てみました。

 



 

釣りタイトルではないですが、記事をよく読んでも『「不登校は病気のひとつ」と診断することを大切にしています。』という表現はあるものの、そこには「何でもかんでも不登校=病気として診断している」ということまでは言及がなく、実態がわかりかねます。もしそうだとしたら「原則、不登校の場合は病気だと診断しているとのこと」というような表現があっても良いはずだがそれがない・・・ということはこのお医者さんはそのようなことは言っていないのをぼやかすためにぼやかす書き方をしているのではないか、という気がしてしまう。そのあたり、記者さんの取材能力と文章作成能力によるんでしょうなぁ。知っていて敢えてぼやかしているとすると、私はこの記者さんの書く記事のことは信頼しきれません。


※画像は上記Yahooニュースのコメント欄を抜粋したもの

で、その記事に対して専門家が実名を出して寄せたコメントがこれ。「不登校の中に一定数の精神疾患がいるというのが正しい表現」というもの。この表現が一番しっくりくる。画像には無いが、専門家からは同様のコメントが続く。これは決して苦しい思いをしている人の思いをないがしろにしているのではなく「事実」・・・もしくは現時点で判明している「医学的見地でのアプローチの最大値」ということなのだろうと思う。精神疾患と診断されず、それでも苦しんでいる人がいるのが現状でしょうから、これが全ての答えとは言えないとは思いますが、医学的・科学的見地をないがしろにもできない。こういう話を耳にした悪知恵の働く人間は、「それなら不登校になってこの病院に行って病気と診断してもらえれば楽ができるんじゃないか」なんて考えて行動に移してしまうことがあるかもしれない。

ということで、難しい問題ですね、と。素人が適当なことをいってはならない。実際、娘の周辺でもそういうお友達は一定数いました。これからも出てくるかもしれない。病気かどうかなんていう専門的には事は触れられないが、個人的には(このYahooニュースの記事内にもある)以下の表現が一番気になるところ。

不登校になる子どもたちに多い特徴として「高い感受性や繊細さ」「完璧主義的な傾向」「他者の評価を気にしすぎる傾向」などが挙げられ、適切なサポートがないと自信の喪失につながってしまうことも。

これは子どもを取り巻く親と大人の視点の問題ではなかろうかと思ってしまう。

 


 

例えば、経済的な問題や心の余裕がない状況が続き・・・両方とも問題の根本は同じところにあるかもしれないが・・・、仕事に時間と体力と心を注ぎ込むしかなくなり、結果として「子供をいち早く自律するように仕向けざるを得ない」ような状況になっていないだろうか。それはつまりは親の問題とは言い切れず、今の社会全体の仕組みの問題ともいえるのではないだろうか。社会の仕組みはどんどん高度化する。それは社会の仕組みができて時間がたてばたつほど進む。当然の、自然の流れだ。そしてその高度化にも限界はやってくる。今の社会はその限界にあり続けているのではないだろうか。人間にはいろいろな要素があって、一概に「能力」なんて言う言葉で片づけたり測ったりすることはできないとは思うが、敢えて「能力」という言葉で表すと、高度な社会が人間に求める「能力」があって、日本人1億人の能力の平均値のようなものがあるとすると、それをはるかに超えて頑張り続けられる人は一定数いて、そういった人たちが求める能力があったとして、そこに向けて十分な能力を持っていない人間も強制的に能力の引き上げ、その人の能力の限界値を超えたところでの頑張りを求められる。もちろんそれがなくなってしまっては人は怠惰におちるはずなので、それが無用、不要ということではない。けれども、数年前、十数年前、戦後、戦前・・・と遡って比較すると、今はその度合いが限界をはるかに超えているのではないか、と。

一部の本当に脳力が高い人間がいて、そこに引きずられるように要求されるものが高度化されて、その中で限界を超えて頑張っている人がいて、そこに引きずられるように世の中のあちこちで不協和音が広がっている。インターネットというツールを使って他者をただひたすらに傷つけるような、他者をののしるような表現をすることでそのストレスを解消しようとする者がいたり、ストレスを解消する手管も時間もないことでこれ以上のストレスを抱えないように家庭を顧みなくなったり、家庭の・・・子供の面倒を見なくなってしまったり。そういったことの影響が子供に行っているかもしれなかったり。

今の人たち、子供ができて半年後には保育所や幼稚園のようなところに子どもを預けて仕事に復帰する人も多い。上記の通り経済的な理由もあるかもしれないし、その人の「働きたい」という欲求が高いからかもしれない。が、ゼロ歳児を親の手から離れたところに置くことが、長い目で見た時に果たして適切な対応なのだろうか、とは思ってしまう。当然、中には育児が苦手な人もいるだろうが、それももしかしたら子供のころから親・家族の愛情をたっぷり受け取って心に余裕がある生活をしている人なら子供が苦手、自分以外の他者に愛情を注ぐことができないような人が減るのかもしれない、なんていうことを素人考えながら思ってしまう。私は子どもの個性によって差はあると思うが、ある一定程度の年齢までちゃんと親か近しい家族が家で子供も面倒を見て、愛情をたっぷりと注いで育ててあげることが大切なのだろうと考える。それができる社会、社会の枠組みを再構築することも。そう簡単なことではないか・・・やっぱり難しい話題だ。

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