11月 062016
 

そうなんだと思います。自分も含めて。

ある程度年齢を重ねると、それなりに積み重ねてきた自負と経験があるもんですから、より「自分は正しい」と思うようになるか、そうは思わなくとも「他者が間違っている(なぜなら自分は正しいからor自分は頑張っているから)」という考えに陥りがちです。

正しいかどうかを決めるのは自身ではなく、ルールと他者であることを忘れてはいけませんね。自分も含めて。まずはルールから外れてはいけません。これ当たりまえ。そして他者に迷惑をかけてはいけません。これ、気づきづらいところ。でも気づきづらいからこそ大切。

なぜ自らの言動を省みないのか。なぜ自らの一挙手一投足が他者に及ぼす影響を考えないのか。考えたうえでなぜほんの少しの我慢ができないのか。やめてもらいたいと相手が感じていることをなぜするのか。今自分が言おうとしている一言が、その相手にとってはどのように伝わる可能性があるのかをほんの少し立ち止まって考えてから口にするだけですのにそれができない人がいます。

まぁあれです。確固たる信念をもって、その後の影響などをそれなりに考えたうえで自らを曲げないという信念を持っているのであれば別です。責任を取る覚悟ができているわけですから。孤立して一人ぼっちになったとしても本人がそれを受け入れれば良いだけなので。たちが悪いのは、信念がなく、気づかず、かまってちゃんである場合ですね。相手がどういう状態かなどお構いなしに、自分が話したいことをただ話したいだけ、聞いてもらいたいだけという人です。言いたいことを言って聞いてもらいたいことをひたすらに話をして、相手がどういう気分になるかなんて思いも寄せないのですよ・・・自分がすっきりしたいだけ。そして、そんな相手の状況には思いも寄せられない=気づかないんです。困りますね。

そういう人はそういう言動が自らをさらに孤立させることにさえ気づかないのでしょうね。かまってちゃん・・・かまってもらいたいのにさらにかまってもらえなくなるんで悪循環なんですけどね。それでも自分の苦しさだけは解消したいもんで、結局、我慢がきかなくなって相手の気持ちなんてお構いなしに自分の気持ちをぶちまける。小学校の低学年並みですね。話にならない。話をしているとさも自分はわかっているような言葉を並べますがうわべだけでしょう(それすらも「いや、自分は違う」という立ち位置から変わらんのでしょうし)。言葉なんて並べなくていいから、行動で態度で示せばよいのにそれができず、そして人のせいにする。ダメだ・・・改善する見込みも余地もない。

そういった方とは距離を置かざるを得ませんね。変な影響を受けたくありませんから。それはもちろん自分だけでなく家族全員です。でも、そういう人は「気づかない人」ですから「距離を置いてもらいたい」と言ってもこちらの求めていることも理解してはくれないか我慢がきかずに行動をするでしょうね。

 

自分はここから先、年齢を重ねたときに、きっと今以上に短気になったり思慮が浅くなったりしていくのでしょうが、ぎりぎりのところで踏みとどまりたいと思いますね。そして少なくとも他者に迷惑をかけるような生き方だけはしないようにしたい。本当にそう思います。

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